Dave Warsop
Luke Johnson
Dean Ashton
Ade Preston
イギリスはバーミンガム出身の4人組。子供の頃から友達だったデイヴ・ワーソップ(vo/g)とディーン・アシュトン(g)の2人は11歳の頃に一緒にバンドを始める。その頃、ルーク・ジョンソン(dr)も同じ地域で別のバンドでプレイをしていて、95年後半、二つのバンドは一緒のステージに立ち、意気投合、デイヴ、ディーンとルークの3人は、SHOOTER MCGAVINなるバンドを結成、様々なインディ・レーベルから作品を発表するが、2002年には解散、その後ディーンとデイヴの二人は新たにSHORTCUT TO NEWARKを結成し、ルークはアメリカにわたり、プロ・セッション・ドラマーとしての道を歩んでいく(ちなみに彼はADENでもプレイしている)。SHORTCUT TO NEWARKはアルバムも発表しており、BACKYARD BABIESやTHE WILDHEARTS、MIDTOWNのサポート・アクトとしてツアーに出るなど、活発な活動をスタートさせていくが、ドラム、ベースに関してはメンバーはいつも流動的だったという。
そして2004年、ルークがイギリスに戻ってきた事により彼をドラマーとして迎え入れるのだが、ルークのドラミングはバンドによりヘヴィな側面をもたらし、その結果、バンドのサウンドはがらっと変わる事になった。そのため彼らはバンド名を変える事を決意、ここにBEAT UNIONというバンドが誕生するのだ。ベースはまだ流動的だったものの、地元バーミンガムで何度も一緒にステージに立ち、非常に仲が良くなっていたスカ・バンドFARSEのメンバーだったエイド・プレストンを誘い入れた事により、2006年、現在のラインナップが固まり、完璧な布陣となって活動を本格化していく。
彼らはまず「キャント・ストップ・ザ・ラジオ」をレコーディングし、デモを作成、手当たり次第にその音源を送りまくっていたのだが、そのデモ・テープがGOLDFINGERのメンバーでありプロデューサーとしてもGOOD CHARLOTTEなどを手掛けるジョン・フェルドマンの目に留まり、彼から直接連絡をもらい「もっと君達の音が聴きたいから、アメリカへ来てくれ」という誘いを受ける。が、アメリカへの渡航費もなかったためなかなか先へ進めなかったのだが、ジョンは自腹でバンドをアメリカへ呼び寄せ、自腹で新たなデモをレコーディングさせ、オレンジ・カウンティにあるインディ・レーベルSCIENCE RECORDSとの契約まで手を貸してくれるという、夢のようなユニークな道のりを歩んでいく事となった。その後イギリスへと戻り、TAKING BACK SUNDAY、GYM CLASS HEROESらとのツアーを行いながらより大きな活動をスタートさせていくのだが、そんな中、ジョンとレコーディングした楽曲「シー・イズ・ザ・ガン」が2007年の夏、イギリスBBC RADIO 1のロック・チャートのTOP5に送り込まれ、バンドは初の「ラジオからのサポート」を得るようになり、その人気は一気に加速していく事となった。
2007年11月にアメリカへ戻り、ジョン・フェルドマンをプロデューサーに迎えデビュー・アルバムのレコーディングを開始、翌年2008年4月、イギリスのバンドでありながらまずアメリカでデビュー・アルバム『ディスコネクテッド』を発表する。各メディアから絶賛を受けながらまずアメリカをサーキットし、6月にはイギリスに戻りDOWNLOAD FESTIVALやATTICUS主催のショウへ出演、そして夏にはWARPED TOUR全公演に出演するなど、より大規模な動きを見せるなか、ここ日本でもROADRUNNER RECORDSから同デビュー・アルバムを7月に発表、そして8月には早くもSUMMER SONIC FESTIVAL参戦のため初来日を果たす事が決定した。彼らの名が世界中に轟く準備は今着々と進められているのだ…。